[小話]余計なお世話

2009/2/19 木曜日

 ぎしり、と床板を踏む音に、ザックは弾かれたように振り向いた。
「……どうしたの、ザック?」
「え、いや……まぁ、な」
 気心の知れた仲間の姿がそこにあったにも関わらず、ザックの表情はますます強張った。動揺のあまり、ザックの返答は胡散臭い事この上ないものになったが、ロディのほうはいつも以上にぼんやりしているらしく、いぶかしむ様子さえ見せなかった。よほど眠いのか、あるいは昨晩の慣れない酒がまだ残っているのか。どちらにせよ助かったことに変わりはない。何とか平静を取り戻し、さらりと話題を変える。
「そういうお前こそ、どうしたんだ? 起きるにゃまだ早い時間だろうが」
「そうなんだけどね……」
 ザックの問いに、ロディはへらりと笑みを浮かべて見せた。元来温和で覇気があるとは言い難い少年ではあるが、今朝は尚のこと緩んでいるようにも見えた。
「何か、腹の中がムズムズしてね。一度起きちゃうと寝れそうになくなっちゃってさ」
 一瞬、勘付かれたか、とひやりとした感触が心の表面を撫でる。だがすぐに、いや、と心中で訂正を加えた。おそらくロディは、昨夜の宴会で体調が落ちていることを言っただけだろう。普段飲み慣れていない人間が、時折場の雰囲気に呑まれ酒を多めに飲んでしまうと、腹具合がおかしくなるなんてのはままることだ。逐一過度に反応すれば、かえって怪しまれかねない。
「ザックはどうしたの? さっきまで飲んでたとか?」
「まあな」
 これ自体は嘘ではない。だが。
「……もしかして、セシリアも一緒に?」
「んなわきゃないだろーが。あの姫さんだぞ、俺と一緒に夜通し飲むとかってありえんだろ」
「そうだよねぇ」
 実はその『あり得ない事態』が起こっていたのだが、ロディはほわんとした表情であっさりザックの言葉を首肯した。
「どうせこんな時間だし、寝る前にちょっと散歩しようかと思ってな」
 ほっとした反動か、聞かれてもいないのに宿兼酒場の扉前に居る理由を思わずでっちあげてしまって、ザックは内心頭を抱えた。早朝散歩だなんて今まで一度だってやったことが無いことを考えれば、いかにも怪しすぎる。だが、物凄く幸いなことにロディのほうはそこまで考えが及ばないようだった。
「あー、いいんじゃないかな。多分良く寝れるようになるよ、きっと」
 お人よしなロディの素直な受け答えにほっとしつつ、同時にどっと疲れを覚える。さすがに夜通しだらだら飲んで、仲間に心にも無い嘘をつかねばならない状況は、思ったよりも自分自身につらいらしい。普段のロディやセシリアが居たら、容赦なく突付かれボロを出すに違いない迂闊さを露呈しまくっている。
 本当は、ちょうどここでセシリアを見送ったのだ。アーデルハイドの女王となるため旅立つセシリアと、最後の別れの言葉を交わしたのは、つい先ほどのことだ。再びの邂逅を約束し扉を閉め、ため息をついてさあ戻ろうかと思った瞬間にロディの足音がしたときは、本当にどうしようかと思ったが……ザックにとっては運がいいのか悪いのか、どうも単純な偶然の産物のようだった。
「なんか、俺たちがこんな朝顔合わすのって珍しいな。ザックはいつも寝坊するし。普段一番早起きなのはセシリアだけど」
「……そうだな」
 興味の無い風を装い、ザックはことさらそっけなく応えた。
 セシリアがもうこの宿には居ないことを、ロディは知らない。ロディだけが、知らされていない。
 それを薄情と評することは、ザックにはできない。セシリアの葛藤は痛いほど伝わっていたし、仕方の無いことだと理解もできることだった。別れを告げなかったのではない、大事で大切で……だからこそ、告げることさえできなかったのだ。
 セシリアのその気持ちを思えば、急げばまだ追いつける今、ロディに不審を抱かれるような挙動は慎むべきだ。ましてや自分からセシリアの不在を教えるなど、彼女の葛藤も決断もまるっと無視した、余計なお世話だ。
 だが。――それでも。
「流石にセシリアはまだ、寝てるよね」
「……」
 迷ってしまうのは、ザックだけが気付き、セシリアも……ロディ自身でさえも気付いていないからだ。もうここを去ってしまった彼女の話になると、ロディの声が甘く響くことを。愛しそうに……まるで大切な宝物をそっと掬い上げるかのように、優しい声音で彼女の名を紡いでいることを。
 だから。
「気になるなら、姫さんの部屋にでも行ってみたらどうだ?」
「え、い、いや、そんな……」
「姫さんのことがどうでもいいってなら、俺も無理にとは言わんけどな」
「や、どうでもいいってわけでもなく」
 それなりに年頃の少年らしく、咄嗟に寝乱れたセシリアの姿でも想像したのだろう、即座に顔を真っ赤にしたロディがばたばたと手を振った。外見相応の素直な……それだけに不審な反応に小さく苦笑して、ザックは念押しをひとつしてみる。
「なんだったら、早朝デートにでも誘ってみちゃどうだ? 姫さんも喜んでくれるかもしらんぞ」
「で、ででデートって……」
「まぁ、今日は一応予定ないしな。俺はこれから一眠りするから、お前らはお前らでやってくれ。じゃあな」
「あ、うん、わかった」
 素直に頷いたロディに背を向け、ひらりと手を振ってみせる。
 これはきっと『いらぬお節介』に含まれる言動だろう。セシリアの予測では、今日は予定が無いため、昼……運がよければ夕食の時間まで、不在に気づかれないとの思惑だったはずだ。だがザックのけしかけによって、ロディは遠からず行動を起こすだろう。朝食に誘う計画でも立てているかもしれない。そして、外からどれほど呼びかけたとしても返事が無い不自然さに、気づくかもしれない。
 必ずそうなるという保証は無い。ましてや、セシリアが居ないことを知ったあと、ロディがどのように行動するかはもっと分からない。
 ただ、自分は彼らの未来が少しでも幸せなものになるよう、祈るだけだ。賽はもう投げられたのだから。
「おやすみ、ザック」
「あいよ、おやすみ」
 異変に気づいたロディによって、すぐさまたたき起こされることを願いながら、ザックは宿の二階へと姿を消したのだった。

[雑記]生存報告。

2009/2/1 日曜日

とりあえず生きてます。ちゃんと。

ネトゲやったりネトゲ小話書いたりそっちの二次創作書いたり、オリジナル長編に取り組んだり、いろいろやってます。

 

余談になりますが、拍手取り外しました。
投稿されたコメントが2週間で保存切れるというのが地味に痛かったので。
誤字の報告やご感想あればこちらにぶん投げてください。すみません。