[小話]束の間の逢瀬

2008/9/12 金曜日

 りりり、りりり、と虫の音が鳴る。鈴を振るかのようなその音は草原をひそやかに渡ってゆく。まったくの静寂は緊張をもたらすが、ほどよい大きさの雑音は緊張を解きほぐしてくれる。クリスと二人、草原で寝転んで空を見上げながら、ヒューゴはぼんやりとしていた。
 本当ならもっと話をしたいことがたくさんあった。徐々に復興を遂げつつあるカラヤの様子だとか。村の端にある墓地には、ジンバの遺品が眠っているのだとか。そうして、ルースがいつも丁寧に掃き清めているのだとか。
 ……そして、ルースがヒューゴに、「クリスにとっても父親なのだから、遠慮せずに来てほしいと伝えてくれないか」と何度も言っていたとか。
「……」
 けれどどの言葉もふさわしくないような気がして、ヒューゴはただただぼんやりと夜空を見上げる。手を伸ばせばすぐに届く距離で、クリスも同じように寝転んでいる。
 群青の帳に、今にも降ってきそうなほどたくさんの星が瞬いている。ヒューゴにとっては見慣れた夜空だが、商業の街として夜でも明かりが灯っているゼクセンで過ごしてきたクリスにとっては、驚きだろう。息を呑んで見入っているのが気配ではっきりと分かる。
 だから。
「……」
 何もせず、ただ同じ星空を眺めるだけ……それだけの、同じ時間と空間とを共有できる喜びを胸に、ヒューゴは幸せなため息をついたのだった。