そういえば、と思い出したのは、もう寝る直前だった。寝る準備を今頃している自分とは違い、ヒューゴはもう準備万端整えて、ベッドの上で最近はやりだとかいう恋愛小説を寝転んだまま読んでいる。寝転んで本を読む姿勢は苦しくないのか、と見るたびに思うのだが、ヒューゴにとってはまったく苦ではないようで、クリスが寝る前の時間をいつもそんな風に過ごしていた。
「どうしたの?」
「ああ、いや……」
朝起きたときに髪の毛が大変なことにならないよう、緩く編みながら曖昧に答える。どうやら先ほどの『思い出し』は無意識のうちに声に出してしまっていたらしい。独り言にしかすぎない言葉でもきちんと捉え、会話のきっかけにしてしまうヒューゴの律儀さに、相変わらずだな、と少しだけおかしくなる。
紐できちんと結んでから、ヒューゴの隣にもぐりこむと、ぱたりと本を閉じてヒューゴがまっすぐにクリスの方に向き直る。至近距離で見る緑柱石の双眸がいつもよりなぜかやさしく見えて、妙に気恥ずかしい。
それは、ふと脳裏をよぎった懐かしい想い出のせいだろうか。
「そういえば、久々だな、と思って。それだけなんだが」
「何が?」
「聖誕祭の夜を、誰かと一緒に過ごすのが」
いつもより少しだけ豪華な食卓を囲んで。暖かい暖炉の前で、いろんな話をして。
両親が揃っていたときはずっとそんな風にこの夜を過ごしてきていた。今日ばかりは特別といろんな話をしてくれる父に甘えて、「今日はもう寝なさい」なんて母に苦笑されて。
それはもう遠い遠い想い出で、ひどく朧になってしまっているけれども。
「……すごく楽しかった、ありがとう」
父と母が相次いで亡くなってから、この家に居ること自体がひどく減った。ただ独り残された屋敷はひどく寂しく、すぐに騎士団付属の学校へ入ることを決めたからだ。寮に入ってからは帰省自体が稀で、ずっと独りで過ごしていた。
騎士団に入ってからも、戦場が選択肢に加わっただけで何も変わらなかった。それどころか、いつの間にかそれが当たり前になってしまっていた。
「……クリスさんて可愛いよねほんと」
「何がだ」
率直な感謝にそんな茶化すような答えを返されて、クリスは僅かに唇を尖らせた。暖かいベッドのお陰か、それともちょっと普段より多めに飲んだ葡萄酒のせいか、どちらが理由かは分からないが、横になったとたんひどく眠くなっているような気がする。いつになく素直な反応も、そのせいかもしれない。
「なんでもないよ。ただ……クリスさんに楽しんでもらえて、俺も嬉しかった。それだけだよ」
「そうか」
少しだけ意味深なヒューゴの笑みが気になるものの、ゆっくりと押し寄せる睡魔が勝った。間近に感じるヒューゴの温もりに頬を預けて、そっと瞼を閉ざす。
「今度は、ヒューゴの番だな。新年はカラヤ流でお祝いしよう」
「それはやめたほうがいいよ。多分」
「何故だ?」
「だって、三日三晩飲み明かすんだよ。クリスさんの仕事に差し支えちゃうよ」
「……それは困るな」
「でしょ?」
くすくすと漣のように降ってくる笑い声が、なんとなくくすぐったい。
ああ、なんて幸せな。
「おやすみ、クリスさん」
「おやすみ、ヒューゴ」
枕元に置かれたプレゼントに気付くまで、あと数時間。