[小話]野良猫の餌付け
2006/11/28 火曜日
「ヒューゴ。メイミ殿が新しいケーキを作ったそうだ。今から試食させてもらうんだが、良ければヒューゴも一緒にどうだろう?」
「……」
何気なく呼び止めたクリスに対して、返ってきたのはヒューゴの値踏みするかのような、険しい眼差しだった。背中がむずむずするような、微妙な緊張感が漂う中、さらに呼びかけることはせず、クリスはただじっと返答を待つ。長閑な陽光の差し込む、ビュッデヒュッケ城のレストラン・テラス席の中、ふたりが居る一角だけまったく違う空気が立ち込めているが、とりあえずそれは後回しだ。
ゼクセンとグラスランドの間のしこりは、僅かずつながら溶けてきている。とはいえ、全てのわだかまりが消えてなくなったというわけではないし、それはヒューゴの態度ひとつとっても明らかだった。
他の騎士たちとは比較的よく喋り、時には笑顔すら見せるヒューゴだが、クリスに対してだけは全身から緊張を漂わせている。誇り高く潔癖な性格が窺える彼が、クリスとは決して打ち解けようとしないのも仕方ない話ではあるし、少なくとも表面上、敵愾心をむき出しにしないだけまだマシだと思ったほうがいいのかもしれない。
だが、だからといって、そのまま『仕方ない』で済ませるつもりは、クリスには無い。努力すれば今よりはもう少しだけ話ができるようになるかもしれない。無駄かもしれないが、それでもだからといって努力しないよりは、その可能性が高まるはずだ。そのためにクリスはいつもヒューゴの姿を見かけたら、できるだけ声をかけるようにしているのだ。
「……。なんで?」
「なんでって……見かけたから、呼び止めただけだったんだが。今忙しいのなら、無理にとは言わないし」
「……いや、別に……」
じっとヒューゴを見上げ、ようやく返ったぶっきらぼうな言葉にあっさり答えると、微妙に肯定的な返答が戻ってきた。なんとなく会話らしくなったのが嬉しくて、いささか乱暴な動作で腰を下ろすヒューゴににこりと笑いかける。
「今度の新作は、チーズを使ったものなんだそうだ。楽しみだな」
「……ん」
「メイミ殿は凄いと思わないか? あの若さで立派な料理人として腕を磨いているんだものなぁ……」
「……そだね」
「まるきり料理の出来ないわたしからすれば、羨ましい限りだ。ヒューゴは料理できるほうか?」
「……普通。少なくともクリスさんよりは上手」
「そうか……いいなぁ。わたしも早く俎板を壊さず野菜を切れるようになりたいんだが、なかなか練習する機会が無くてな。何かコツとかあるのか?」
「……別に」
多少一方的な気もするが、今はこれでいい。褪せる必要はないのだ。気長に、地道に、根気良く、警戒心の強い野良猫を相手にするように、少しずつ距離を縮めていければ、それでいい。無理に仲良くしようとするのではなく、もっとよく知るために。
だから。
「ヒューゴはメイミ殿のケーキの中で、どれが一番好きなんだ?」
「別に……どれも美味しいし」
「確かになぁ……」
だからクリスは、ヒューゴの耳の先が僅かに赤くなっていることに、まったく気づいていなかった。