[小話]野良猫の餌付け

2006/11/28 火曜日

「ヒューゴ。メイミ殿が新しいケーキを作ったそうだ。今から試食させてもらうんだが、良ければヒューゴも一緒にどうだろう?」
「……」
 何気なく呼び止めたクリスに対して、返ってきたのはヒューゴの値踏みするかのような、険しい眼差しだった。背中がむずむずするような、微妙な緊張感が漂う中、さらに呼びかけることはせず、クリスはただじっと返答を待つ。長閑な陽光の差し込む、ビュッデヒュッケ城のレストラン・テラス席の中、ふたりが居る一角だけまったく違う空気が立ち込めているが、とりあえずそれは後回しだ。
 ゼクセンとグラスランドの間のしこりは、僅かずつながら溶けてきている。とはいえ、全てのわだかまりが消えてなくなったというわけではないし、それはヒューゴの態度ひとつとっても明らかだった。
 他の騎士たちとは比較的よく喋り、時には笑顔すら見せるヒューゴだが、クリスに対してだけは全身から緊張を漂わせている。誇り高く潔癖な性格が窺える彼が、クリスとは決して打ち解けようとしないのも仕方ない話ではあるし、少なくとも表面上、敵愾心をむき出しにしないだけまだマシだと思ったほうがいいのかもしれない。
 だが、だからといって、そのまま『仕方ない』で済ませるつもりは、クリスには無い。努力すれば今よりはもう少しだけ話ができるようになるかもしれない。無駄かもしれないが、それでもだからといって努力しないよりは、その可能性が高まるはずだ。そのためにクリスはいつもヒューゴの姿を見かけたら、できるだけ声をかけるようにしているのだ。
「……。なんで?」
「なんでって……見かけたから、呼び止めただけだったんだが。今忙しいのなら、無理にとは言わないし」
「……いや、別に……」
 じっとヒューゴを見上げ、ようやく返ったぶっきらぼうな言葉にあっさり答えると、微妙に肯定的な返答が戻ってきた。なんとなく会話らしくなったのが嬉しくて、いささか乱暴な動作で腰を下ろすヒューゴににこりと笑いかける。
「今度の新作は、チーズを使ったものなんだそうだ。楽しみだな」
「……ん」
「メイミ殿は凄いと思わないか? あの若さで立派な料理人として腕を磨いているんだものなぁ……」
「……そだね」
「まるきり料理の出来ないわたしからすれば、羨ましい限りだ。ヒューゴは料理できるほうか?」
「……普通。少なくともクリスさんよりは上手」
「そうか……いいなぁ。わたしも早く俎板を壊さず野菜を切れるようになりたいんだが、なかなか練習する機会が無くてな。何かコツとかあるのか?」
「……別に」
 多少一方的な気もするが、今はこれでいい。褪せる必要はないのだ。気長に、地道に、根気良く、警戒心の強い野良猫を相手にするように、少しずつ距離を縮めていければ、それでいい。無理に仲良くしようとするのではなく、もっとよく知るために。
 だから。
「ヒューゴはメイミ殿のケーキの中で、どれが一番好きなんだ?」
「別に……どれも美味しいし」
「確かになぁ……」
 だからクリスは、ヒューゴの耳の先が僅かに赤くなっていることに、まったく気づいていなかった。

[雑記]冬。

2006/11/13 月曜日

最近めっきり寒くなって、冬が近いことを実感している御月ですこんばんは。つかもう、冬になっちゃってるんじゃないのかなぁ…? 自転車に乗ると、耳が冷たくて痛くなってきています。マフラーは必需。

さて。更新というのはささやかですが(そして毎度のことのような気がします…)、50音小話のか行を再録しました。今回、5個とも全部ヒューゴ×クリスなんだよね…ちょっとびっくり。
以下解説というか補足。

かささぎの。
ちょうど七夕前ということで、七夕をちょっぴり意識したものです。タイトル自体、「かささぎの渡せる橋の置く霜の 白きを見れば夜ぞ更けにける」という和歌をもとにしたもの。…和歌自体は記憶に頼って書いたので、ちょっと怪しいですけど、確かそういうのが百人一首にあったはず。そんでもって、七夕の夜に織姫と彦星のかけはしとなるのがかささぎであるのも確か。…だったと思う。多分。
クリスとヒューゴの組み合わせだと、遠慮するのは常にクリス様のほうだと思っています。自分のほうが大人だから、一歩引くのは当然だと思っているような。ヒューゴはそんなクリスの、精一杯のわかりにくい我侭に振り回されるといいなぁ。

きらきらひかる。
これも七夕ちかい(こっちは七夕過ぎてたけど)ということで。ちなみにクリスが歌っているのは「きらきら星」…の、英語版を翻訳エンジンにぶちこんだドイツ語版。機械翻訳なので、中身は…わからん。確かめる気力もなかったしなー。個人的なイメージとして、ゼクセンはドイツ語っぽいナニカの感じ。とすると、カラヤあたりはキルギスとかモンゴルとかそういう草原っぽいんだろうか?
わかりにくい(というよりも普通わからんと思う)ところですが、「きらきらひかる。」の「ひかる」は動詞ではなく、「ひかる星」という星にかかる形容をぶっちぎったかたちだったり。歌のタイトルまんまですな。だからどうだと言われそうですが。
そういえばたしかこのとき、「音痴でも心地よく感じるヒューゴ凄い(笑)」みたいなコメントをもらった記憶があります。愛は盲目ならぬ愛は……難聴?(笑) でも実際、歌ではなく、上機嫌なクリスの様子とか優しい声音とかに心地よさを感じているんだと思います。上手い下手が問題ではないみたいな。

鎖に繋がれた獣の嘆き
タイトル「鎖」を少し改めました。幾らなんでも短いっていうか、ちょっと適当っぽく感じてしまいそうっていうか。
無頓着なクリス様と、お年頃らしく悶々と悩むヒューゴの話。んでもってこの後、ついうっかりクリス様の胸元に注目してしまったほかの男を威嚇すると面白い。
夏らしい一品なので、今の季節読み直すと微妙にこう……いや、いいんですけどね。

経験豊富な人
クリス様とヒューゴ、どちらも晩生というか初心な感じですが、その中でもヒューゴはわりと勉強熱心な気がするなぁ、と。というか、ヒューゴは自分から尋ねに行くし、回りも面白がってこたえそうなんですけど、クリス様は自分から「どうやったらヒューゴが喜んでくれると思う?」なんて回りに相談しなさそう。かわりに、見ててじれったくなったリリィが、我慢できずに「ちょっとあんた、ちゃんとヒューゴを喜ばせてるの? 油断してちゃだめなんだからね!」とか発破かけてそう。
ところで、ヒューゴに余計なことを吹き込む大人代表といえば、パーシヴァル・エース・ナッシュの3人が思い浮かぶんですがどうでしょう?

心の栄養
珍しく、中身とタイトル両方に不満が残る一品。にも関わらずほとんど手直し無しです。どうしようもないというか、半分以上諦めの境地で放り出してしまいました。…まぁいいや。
確かこれは、自分が食べたケーキがめっさ美味かった→女の子はケーキとか好きだよな~→クリス様もたまの休みはケーキ食べてお茶してリラックスしてるんだろうか、というところからできたような。
ヒューゴとクリス様、どちらも互いと過ごす時間が何よりも安らぎになってるといいなぁ、と思います。

[小話]猫と犬と被害者。(パンプキン・シザーズ)

2006/11/10 金曜日

 過去が分からないと評判(?)のランデル・オーランド伍長だが、その現在はすこぶるつきで分かりやすい、とオレルドは思っている。本人は気づいていないだろうが、何を考えているのか傍から見ていると丸分かりなのだ。
 たとえば。
「隊長なら外で剣振ってるぞ」
「え、あ、はぁ……」
 陸情3課の部屋に入った途端、きょろきょろと辺りを見回したランデルにそう教えてやると、中途半端な生返事がかえってきた。アリスの姿を室内で捜し求めていたのは、本人にとっては無意識の行動ということなのだろう。
 最近でこそ荒事が増えたとはいえ、陸情3課の仕事は基本的に書類整理と出張査察がメインになっている。自分の目の前に積まれている書類の山の一部をさりげなく、今は席をはずしているマーチスの机に押しやって、オレルドはちらりとランデルのほうを見やった。
 大きな身体を少し丸めて、書類の山を一枚一枚仕分けているその様は、なんとなく……面白い。ついでに、窓の外(に居るであろうアリス)を気にしているらしく、作業の合間合間にちらちら視線を向けているあたり、さらに面白い。アリスが居ないときのランデルは、そうした雑念が無意識に入るらしく、微妙にミスが多いのも大変にわかりやすい、と思う。
「なーデカブツ」
「はぁ……?」
 作業がまったく進んでいないと、戻ってきたアリスの雷が落ちるから、一応手を止めずに話しかける。
「オメーって、動物にたとえると犬だよな」
「はぁ、そうですか……?」
 曖昧な返事に、うんうんと一人頷いて、オレルドはランデルにもう一度視線を向けた。
 自分も割合長身の部類に入るが、ランデルはそれよりも更に高い。どちらかというと規格外なその巨体に、茶色の耳とよく動く尻尾を見るのは、存外たやすいのではないかと思う。
 一途で、主にどこまでも忠実で。犬種はシェパードかセントバーナードかゴールデンレトリバーか。
「チビッ子は小型犬かな。スピッツとかチワワとか。デカブツは大型犬で」
「……それは、体の大きさからですか……?」
「だけでもないけどな。あっちは賑やかっつーか、うるせー感じが」
「……ああ……」
 オレルド自身、アリスを尊敬はしている。でなければ彼女を隊長として認め、その命になんだかんだと従い、危険の只中に突っ込んではいきやしないだろう。お祭り部隊と揶揄されることが多い3課ではあるが、少なくとも「軍」の組織である以上、何の危険が無いわけでもない。戦災復興をその任とし、民衆との最前線に立つとき、人々の生活を荒廃させた「戦争」とそれに関わる「軍」の一員として、守るべき民衆から石を投げられることだってあった。それでも彼女に従っているのは、それだけの力がアリスに備わっていると認めたからでもある。
 ……けれど、それだけだ。アリスが軍から失われたとき、残念に思っても絶望はしないだろう。そこがおそらく、ランデルとは違う。
 彼は、アリスとアリスの掲げる理想が喪われたら、きっと己の立ち居地すら見失って、立ち竦んだまま朽ち果てるに違いない。愛とか恋とか忠誠とか、そんな生易しいものではない……魂の在り方を、生きる道標を、アリスにゆだねている。
 主を失ったとき、誰の手からも餌を受け取ろうとせず、ただ帰らぬ主を待ち続けて餓死するような……そんな犬の姿が容易に思い浮かぶのだ。
「んじゃ、隊長はなんだと思う?」
「……猫、でしょうか……」
「猫、ねぇ……」
 アリスの姿を思い浮かべてるのだろう、僅かに表情を緩めて応えるランデルに、オレルドは微妙な唸り声をあげた。
 猫。……猫。
 確かに、それっぽい一面はある。誇り高いところとか、嬉しさや喜びを素直に表そうとせず、隠そうとして結局まるわかりなところとか。軍服に隠されてて分かりにくいけれども、出るところは出て引っ込むところが引っ込んでいる、優美な肢体とか。
 だが、決定的に違う部分も、ある。
「けどありゃ、猫なんてガラじゃねーだろ絶対! 猫ほどかわいくはねーし」
「そうですか……?」
「それに猫はあんなに凶暴じゃねぇし! もっとこう……猛獣っつか野獣っつか……」
「……ほう?」
 背後から響いた冷ややかな声音に、ぞくりとオレルドの背中が粟立った。誰がそこにいるか……ついでにどんな表情でいるか、振り返らずとも即座に想像できてしまう。視界の隅に映るランデルに、懸命に助けるようシグナルを送ってみるが、安心したかのようにほっと肩を落としにこにこ見守っている彼が気づく様子は無い。大変わかりやすく……肝心なときにあてにならない部下である。
「誰が『凶暴』なのか、詳しく教えてもらえるかなオレルド准尉?」
「わ~ッ! 庁内での抜刀は禁止ですってば!」
 じゃきっと抜かれた短刀の切っ先を鼻先に突きつけられ、思わず悲鳴が上がる。ひとり訓練で相当に動いたのだろう、仄かに染まった頬とか汗ばむうなじとかに見蕩れてしまいそうになるが、そんな場合ではない。
「雑談などしている暇があればさっさと手を動かさんか!」
「はいぃっ!」

 それもまた平和で日常な光景の、ひとつ。

[雑記]傷心。

2006/11/8 水曜日

……50音小話、「猫と犬」というタイトルでパンプキン・シザーズの話を書いたところ、送信エラーで吹っ飛んでしまいがっくり気落ちしている御月ですこんばんは。
記憶を頼りに書き直す気力もありません……。とりあえず今日は諦めて、明日またチャレンジします。あー……送信前に内容をコピーして保存しておけばよかった。つか、なんでこういう肝心なときに、クリティカルに送信エラーなんかするんだろーなーもう……。

 

拍手お返事。
7日5時:ありがとうございます~! 案外ヒューゴのほうが大人で、気遣い上手なんじゃないかな、と自分では思ってます。でも若さのほうが先走ってたりとかね!(笑) 伝えるのが難しい、繊細な雰囲気がきちんと伝わっているようで、かなりほっとしました。ありがとうございます~!

[小話]微温い恋に終わりを告げる。

2006/11/3 金曜日

「クリスさんが、好きだ」
 その言葉自体は、今までに何度も聞いたことがある。もともとの性格の違いもあるのだろう、滅多にそれらの言葉を口にしないクリスと違い、ヒューゴは事あるごとにそう告げるのだ。並んで綺麗な花を見たときや晴れ渡った夜空を見上げたときに、あるいは一緒にゆっくりお茶を楽しんでいるときに。率直に偽りなく素直に伝えられる気持ちが嬉しくて、だからクリスもそのたびに精一杯の勇気で「わたしも好きだ」と応えていた。
 けれど。
「クリスさんが、好きなんだ」
 もう一度繰り返される言葉に応えるすべを持たず、クリスは呆然と自分を押さえ込んでいる少年を見上げた。ひたひたと恐れが背中から心臓へ忍び寄ってくる。
(知らない)
 こんな熱っぽい声で、眼差しで、告げるヒューゴを今まで見たことが無い。
 今までの彼は、もっと明るく優しい『少年』だった。好奇心旺盛で、活発で、少し猫舌で甘いものが好きな『子供』だった。けれど今のヒューゴは『少年』らしさを脱ぎ捨て、大人の情欲と熱とを双眸に宿しているように見える。
 ……結局、子供だったのは自分のほうで。
「……わたし、は……」
 緊張と混乱とで、口の中がひどく乾いているような気がする。
 受け入れればきっと、全てが変わってしまう予感がした。かわいらしい、穏やかでままごとのような恋は終わりを告げ、クリスにとって未知の領域へと踏み出すことになるだろう。
(わたしはどうすればいい?)
 言葉に出せないクリスの躊躇いに、ヒューゴは気づいているのだろう。ベッドの上で押し倒されているとはいえ、クリスが本気で跳ね除けようとすれば、いつだってヒューゴの頚城から逃れることは出来る。15歳のヒューゴと22歳のクリスでは、男女としての差よりも大人と子供の体格差……加えて、騎士として鍛えているクリスとまだ成長途上のヒューゴとの力の差のほうが、大きい。
 逃げ道を残す優しさはそのままに……けれど、ヒューゴはもう子供でいることをやめたのだ。
(怖いんだ)
 ヒューゴの大人びた気遣いも、自分に訪れるであろう変化も、何もかもが怖い。出来ることなら耳をふさいで、ヒューゴが与えてくれる微温湯のような恋に、まどろんでいたい。
 けれど、もはやヒューゴは戻ることなど選ばないだろう。そして喪ってしまうかもしれない。ヒューゴは今それだけの覚悟でもって告げていて、自分はそれにこたえなければならない。
 変わりたくない。何も知りたくない。けれど……喪うほうが、もっと怖いから。
「わたし、も……ヒューゴが、好きだ」
 むけられる熱には全然及ばない。クリスがヒューゴへ向ける気持ちは、向けられる感情とは似ていて、けれど少し違う。今は、まだ。
 それでも、精一杯誠実に、あらん限りの思いを込めて、ヒューゴに応える。
「ヒューゴが、好きだ」
「……良かった……」
 ふわりと安心したようにヒューゴが微笑む。いつもの優しい笑顔だと認識する間もなく、寄せられる温もりに、クリスは静かに双眸を伏せ。

 ……そうして、全てを奪う深いくちづけに、意識をそっとゆだねた。

[雑記]報告。

またもや時差が発生させてしまっている御月ですこんばんは。
ご報告遅れましたが、大陸記の雑記帳のリンクを切りました。コメントスパムよろしく、なにかのプログラムでしょうか、えらい爆撃書き込みを受けておりまして。こまめに削除しておりましたが、追いつかず見た目が凄いことになってましたので、一時リンクをはずしました。
いろいろと申し訳ないです。

んでもって、些細な変更ですが、天月公司雑記帳(要するにこのブログ)のレイアウトを微妙にいじりました。改めて見返した「人間の欠片」、ひと段落に結構みっちり詰めてるせいか、目が滑るすべる…。
字の色を少し濃くして、字を小さくして、行間を少し広げたんですがどうでしょう、多少は見やすくなってんのかな…?
それにしても、こういう微妙な改造って…楽しいなぁ。サイトの大幅な改造も意外と楽しかったですけど、こういうちまちまとスタイルシートを変更するのって、これはこれで微妙に楽しいです。「ひゃっほい!」てはしゃぐ感じじゃなくって、ちまちまちまちま爪楊枝でピラミッドを作る系の楽しさ。びみょ~~~だなぁ…。

 

拍手お返事。
1日19時:うぅ、褒められると凄く照れます…でもありがとうございます! ゼクセンの6騎士の中で、どうもレオだけが妻帯してるイメージがあるんですよね。娘…にはちょっと年齢が近いから、叔父と姪のような関係だったらいいなぁ、と思います。年齢的に、ワイアットの部下だった頃があってもおかしくないですし。幻水3のキャラはみんな個性的で魅力的なんで、恋人としてだけの関係だけじゃなくて、他の人間とのかかわりや…うまくいえないんですけど、「キャラ」じゃない「人間」としていろんな面を掘り下げて書ければいいな、と思ってます。

[小話]人間の欠片

2006/11/1 水曜日

「いいなぁ」
 ほとりと零された呟きには、どこか真剣な憂いがあるようで、レオはおや、と片眉をあげた。違うとは思うが念のため、手の中の弁当箱を軽く揺らしてみせる。
「クリス様も召し上がりますか?」
「いや」
「では何でしょう?」
 予想通り短く頭を振るクリスに、レオは静かに問い返す。暫く言葉を捜すように視線を揺らしていたクリスだったが、ややあって長い息をそっと吐き出した。
「レオ殿と奥方は……大恋愛の末に結婚なさったと聞いたが」
「……お恥ずかしい話です」
 まさかそんな方向から話を切り出されるとは思いもよらず、レオはうろたえ、微かに頬を赤らめた。歴戦の勇士で、訓練時にはその厳しさから、怖いもの知らずの若い騎士たちからも畏怖されるような、そんな強面の男が、物慣れない少年のように照れる様はどこかかわいらしい。めったにないレオの狼狽に、クリスも僅かに眦を和ませたが、愁眉をとくには至らないようだった。
 いきなりそんな話から口火を切るということは、クリスの思案の内容は恋愛相談とかその類なのだろう。訪れた沈黙を照れ隠しの咳払いでごまかして、レオはとりあえずクリスが話し出しやすいよう、できる限り明るい声音で先を促す。
「それで、何がご相談でもおありですかな?」
「うん」
 こっくりと素直に頷かれ、ある程度予想はしていたものの、レオは本日2度目の衝撃を味わった。
 普段は食欲旺盛な騎士たちで一杯になるこの食堂も、朝食には早すぎる時間のせいか、レオとクリスのほかに人影は無い。騎士たちにとって生活の場であり鍛錬の場であり、ついでに最前線でもあるブラス城には常に人が多く詰めており、人目をはばかる話はしにくい環境にある。その中でも人が少ない時間帯といえば、深夜から早朝だろうが……深夜だと、勤務明けの騎士がたむろしている可能性もある。誰かに何か秘密の相談をするとしたら、確かに今が最適だろう。
 生来のまじめな性格からか、あるいは年長の男性騎士に囲まれ、肩肘張って生きてきたせいか。レオには判別できないが、クリスは基本的に全てを独力で成し遂げようとする嫌いがあるように見受けられた。努力を惜しまない性格がそれに拍車をかけたのか、誰かを頼ることなどほとんどない。他人からの指摘は素直に受け入れるが、それでも自分から助言を仰ぐことはない。迷ったときも苦しいときも、誰にも相談せず、ひとりで考えてひとりで決断する。
 そのクリスからの、相談事である。他の誰でもない、自分が頼られたということが、素直に嬉しい。単純にふたりでの早朝訓練のあとで、「もののついで」と相談事を持ちかけるような彼女ではないのだから、なおさらかもしれない。
 だが。
「……人を。愛する、ってどういう気持ちなんだろう?」
「……は」
「『好きな人』ならわかるんだ。ガラハド様とかペリーズ様とか、レオ殿もサロメも大好きだし、部下のコトだって大好きだ。…けど、『特別な誰か一人』を愛する気持ちが、分からないんだ」
「……ふむぅん……」
 恋愛相談かと思えば、どうやら人生相談らしい。構えたところとは違うところにすぱんと打ち込まれたような、そんな本日3度目の衝撃に、レオは中途半端な唸り声を上げた。ぼんやりと遠くを見ているクリスの表情からは、冗談ではなく本気で悩んでいることが窺えるが……それにしても、と思う。
 5、6歳の幼女が両親に尋ねるならまだしも、二十歳を僅かにこえた乙女の問いとは思えない稚さである。もっとも、そうしたある種のバランスの悪さは、幼少の頃から騎士団の中で育ち、「少女らしい」感情をあまり育むことのなかったクリスらしい、一面でもあるのだろう。
「何か、そう疑問に思うきっかけでもありましたかな?」
「ああ……昨日、うちの隊のひとりが、恋人と別れたらしい」
「まぁ、よくある話ですな」
 空になった弁当箱の蓋をかたりと閉じながら、レオは短く頷いた。
 騎士団の任務は、とかく不規則である。誰かと約束をしていようが、急な任務が入ればそちらを優先せざるをえないし、比較的定時に帰れる市中見回りの任でさえも、何か揉め事でも起きればその処理に駆けずり回り、定時から大幅に遅れることもある。何よりも、戦ともなれば永遠に帰ってこれないことだって、あるのだ。待つしかない女性からすれば辛いことも多く、逢えない時間と距離の長さがいつしか心の距離となり、別れを告げられる騎士は決して少なくない。
 幸いにしてレオと彼の妻は、そうした試練を乗り越えることができたが、全ての恋人達がそうとは限らないのだ。
「いや、ちょっと違うかな」
「……どういうことですかな?」
「愛しているけど、互いの生活が違うから別れましょう、というのなら、まだ分かるんだ」
 愛が喪われたわけではない。ただ、お互い譲れない事柄というのは、多分、ある。それは生活のリズムだったり、そうでないことだったりするかもしれない。
 その場合は、ともに手を取り合って生きていくことができない、というだけだ。人生のよき伴侶となれなくても、良き友人となり敬愛の念は残る。
「けど……愛していたものが、嫌いになるって。それはどういうことなんだろう? 愛していて、だから恋人になったはずなのに、いつの間にか冷めて別の人が好き、とか。そんな簡単に移ろうものを『愛』と呼ぶのは、どこか違う気がする」
「それはまた……なんですなぁ……」
 人の感情というよりはむしろ、論文の矛盾を指摘するかのようなクリスの口調に、誤魔化し以外の何者でもないセリフが喉でくぐもった。
 人の気持ちというものは、決して数式のようにはっきりと決まった動きをするものではない。他人からすればどうでもいいような些細なことがきっかけで、動くことだってあるだろし、同じことが似たような状況で起こっても、動かないことだってある。『何もないこと』でさえも、ふと気持ちが冷めてしまう理由になりうるはずだ。
 もちろん、そうして生じた温度差を、努力である程度縮めることはできるだろうが、温度差が生じてしまうこと自体は仕方の無いことだ。人は自分の気持ちを本当の意味でコントロールすることなど、できやしないのだから。
 少なくともレオはそう思っているが……クリスにしてみればまた違うのだろう。
 それきり口を噤んでしまったクリスを見やり、レオは弁当箱を入れていた袋から、ひとつの林檎を取り出した。一緒に入っていた小さなナイフで、綺麗に切り分けていく。外見からは想像できない器用さを発揮して、かわいらしいりんごうさきを瞬く間に作製すると、レオはそれを差し出した。
「どうぞ」
「いいのか?」
「そのために、妻が持たせてくれたものですからな。以前うっかり、クリス様が林檎をお好きなことを話したら、『一番美味しい林檎を召し上がっていただきたい』と妙に張り切って、探して来ましてなぁ。妻によると、この林檎が市場で一番美味いのだとか」
「……ならば、奥方のご好意を遠慮なくいただこうか」
 唇に薄い笑みを刷いて、クリスが手を伸ばす。小さな口でかじりつく姿を横目に見ながら、レオもりんごうさぎをひとつ手に取った。がぶりと噛み付くと、口の中に爽やかな酸味と仄かな甘みがさらりと広がる。
 確かに美味い。妻の目に間違いないようだ。甘すぎず、かといってすっぱいわけでもなく、絶妙なバランスがたまらない。
「クリス様。これは余計なことかもしれませんが……」
「ん?」
 クリスにふたつめのうさぎを勧めながら、レオはゆっくりと口を開いた。できるだけ気持ちが伝わるよう、言葉を選びながら訥々と思いを紡ぐ。
「先ほどのクリス様の疑問に、今は答えを出さない、というのもひとつの答えではないか……そう、思うのです」
 クリスはまだ若い。もっと多くの人とこれから出会うだろうし、人生を大きく変えるような出来事が待ち受けているかもしれない。物事を曖昧にしておかず、悩み、考え、きちんとした結論を出そうとする姿勢は正しいのかもしれないが、そうすっぱりと答えが出るものばかりではない。自分なりの答えが出た後で、それを覆すような経験をするかもしれないし、答えの前提条件がそもそも崩れてしまうことだってあるかもしれない。
 物事全てを先送りするようでは困るが、分からないことに対して「今は分からない」の札をぺたりとつけ、一時保留とする柔軟さぐらいはあってもいいだろう。
「……ふ、む……そういう、ものなのだろうか?」
「そんなものですぞ。先のことは誰にも分かりませんし、クリス様がこれから燃えるような恋をする未来だって、ありえないわけではないですからな。もしこれから先、ワイアット様のような素晴らしい男性がクリス様の前に現れたら、ぜひとも紹介をしていただきたいものです」
「分かった、覚えておくよ」
 それが何時のことになるかは分からない。そもそも自分達は騎士であり、いつ命を落とすかさえわからないのだ。それが今日か明日か、一年後か……それとももっと先か、予測することは不可能で。
 それでも、いつか。
 そんな日が来ればいい、と思う。
「クリス様の花嫁姿はさぞや綺麗でしょうなあ。うちの奴なぞ、感激のあまり泣いてしまうかもしれません」
「そうだな。そのときはレオ殿に、父親代わりとして一緒に聖堂を歩いてもらおうか」
「……そうすると、紹介されたときに父親代わりとして、殴り合いになってしまうかもしれませんぞ? 自分より軟弱なものに、クリス様は勿体無いですからな」
「ふふ、それは困るかな。レオ殿より強い男なんて、居そうに無いよ」
 軽口をたたきながら、レオは弁当箱を手早く片付けた。そろそろ食堂に騎士たちが集まり始めているようで、少しずつ人影が増えてきている。食事を終えたものがいつまでも居ては、これから食事するものにとって邪魔になるに違いない。
 使い終わった食器を返却口に戻したクリスと、二人並んで食堂を出た。食堂に向かう騎士たちとすれ違い、笑顔で挨拶を交わしながら、ゆっくり歩く。
「いつか……父上と母上や、レオ殿と奥方のような、良き人生の伴侶に出会えるといいな」
「わしも、クリス様の幸せを力いっぱい願っておりますぞ」
「ありがとう……。さ、今日もがんばろうか」
「はっ!」

 

 それはまだ、クリスが恋を知らない『乙女』であった頃の話。 

[雑記]遭難。

笑って終わる話ではまったくないんですが、なんだか「そうなんです、遭難したんです」などと寒いギャグを飛ばしたくなるような事態をニュースで目撃した御月ですこんばんは。
多分、全国ネットに載っているかもしれませんが……御月の地元の裏山、子供の頃から遊んでいた六甲山で遭難した人が発見されました。24日もどうやって生き延びたんだろうとか、早く回復されるといいなぁとか、まぁいろいろ思うわけですが…なんつーか、一応、あれも遭難するような「山」なんだなぁ、と微妙な感慨で胸がいっぱいです。

ただ実際、六甲山って意外と危ない箇所はあるんですよね。「六甲山」とひとまとめに呼ばれてはいますが、正確には「六甲山系」とでも呼ぶべきもので、幾つもの山々が連なってるんですよ。なんで、登り方ももちろんのこと、下り方を一歩間違えるとあらぬほうに行ってしまいかねないわけで。縦走に参加したひとはご存知かもしれませんが、「六甲山」はおおまかに須磨から宝塚・西宮のあたりまで広がってるんですよ。確か、西宮の夙川から六甲山に登る道路もあったはずですし。
この夏、親と一緒に裏六甲から登ったときも、あやうく道に迷いかけましたしねー…。一応道らしきものがあるところもあるんですが、少し開けた野原みたいなところには背の高い草が生い茂ってましてね。道っぽいものがうっすら二手に分かれてて、どっちが正解か話し合う両親の姿見ながら、選択間違えたら軽く遭難しそうだなー、などと思ってました。結果、正解だったからいいんですけど、あれ間違ってたらえらいところに出てたっぽいんだよなー…。しかも六甲山、携帯の電波がほとんど届かないから、助けを呼ぶにも手段が無いという…。

ちなみに、子供のころ両親と一緒に山歩きしたときに、「道に迷ったら下を目指すな、上を目指せ」と教わったことがあります。何しろうねうね続く六甲山、へたに谷を目指して降りていき、沢に下りてしまうと方向がわからなくなるおそれがある。それなら、とりあえず登っていって、尾根まで行ってから考えたほうがいい、とのことらしいですが……よくよく考えると、山歩き以前に微妙に引きこもりな御月にとって、根本的に不必要な知識だよなー…。なんで覚えてるんだろう?

 

拍手お返事
31日6~7時:拍手ありがとうございます! サービス精神というよりはむしろ、どちらかというと褒められると調子に乗る、ちょっとアホの子だと自分では思ってますが(笑)。お言葉に甘えて、本当に開き直って突っ走ってしまいますよ~♪ …やっぱりお調子ものですね。

 

ということで、浮かれて調子に乗って「人間の欠片」アップします。
テキストファイルで9KB、おおまかな分量で言うと天然反抗期(6KB)と通り雨が過ぎるまで(3KB)を足したぐらいでしょうか。「ブログに載せる小話」として妥当かどうか考えだすと、確実に却下の方向になるでしょうし…思い立ったが吉日生活。